日本一大きいお多福さん

櫛田神社は博多の総鎮守として「お櫛田さん」の愛称で広く市民から親しまれている神社です。
平清盛が博多を日宋貿易の拠点港とした平安末期に御託宣により鎮祭され、伊勢松坂の櫛田
神社を勧進したものだと考えられています。

節分大祭の日近くになると櫛田神社の門の三か所に「お多福面」が置かれます。
お多福面の口から境内に入るようになっていて、ここをくぐって参拝すると福がもたらされると云われています。節分に先駆け、昨日日本一大きいお多福さんに会いに行ってきました。

楼門前の、高さ5,3メートル・横5メートルの巨大お多福面
          

北神門のお多福面
          

南神門のお多福面
          
三か所のお多福さんのお顔がみな違います。笑っているお顔はどれも良いですね。

この写真をご覧になった方にも幸せがもたらされますように。

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調べてみました
「おかめ」「お多福」のお話

●天岩戸で舞った女神「おかめ」
おかめは天照大神が天の岩戸に隠れたとき岩戸の前で舞いを舞い笑いを誘った女神「天鈿女命」(あまのうずめのみこと)のことと言われています。古事記日本書紀に見られる「笑う」は、単純な笑いではなく、悪魔を退散させるなどの呪術的所作です。このようなところから「おかめ」伝説がスタートしたと考えられます。おかめはお多福とも言われ福が多く幸せを招く女性の象徴という事から縁起が良いとされ酉の市の縁起熊手にも江戸より飾り付けられています。

また、一方「亀女(かめじょ)」と呼ばれる女性が、「天鈿女命」を尊崇し、日夜精進し皆から親しまれ尊ばれていたそうです。「亀女」の顔は、ふくよかで愛嬌があったので、その顔を模ったお面でその人柄を偲び、また、楽しんだとも言われています。
お多福は福が多いという説と頬が丸くふくらんだ様から魚の河豚が元という説もあります。

●大工の奥さん「おかめ」さん
京都市内の最古の木造建築物として国宝に指定されている千本釈迦堂大報恩寺)には、良妻の鏡としての京女「おかめ」の伝説があります。鎌倉時代、大工の棟梁「高次」が本堂造営を任されました。ところが、本堂の柱として使われる大切な四天柱の1本を誤って切り落としてしまったのです。高次の妻「おかめ」は、「もし、夫を助けてくださるなら、私の命を差し上げます。」と、本堂で仏様にお祈りをしました。すると、ご本尊のお膝元に「斗組(ますぐみ)」の姿が映りました。この「斗組(ますぐみ)」手法を夫に話し、本堂は無事に完成しました。「おかめ」は、祈りの時に約束した通り上棟式前に自らその命を絶ってしまいました。それ以来「おかめ」は、美人と女徳の象徴として祭られ、度重なる戦乱にも残った本堂とも結びつき厄除、招多福おかめ信仰につながっています。

                      大報恩寺のおかめ像