ルーマニアの事件

ルーマニアで日本の20歳女子大生が ブカレスト空港に夜到着してすぐに被害にあってしまった事件。

アイセックという学生が運営しているNPO法人が斡旋し渡航手続きをしたそうですが、なぜブカレスト到着を昼間の到着のフライトにできなかったのか、今となっては遅いですがとても残念です。

昼間でも海外では空港タクシーは用心して選ばなくては怖いのに・・・。

彼女は海外に何度も行った経験があり、夜の到着を不安がっている様子が報道されていました。充分わかっていながら何らかの状況、そして周囲との関わり等の状況により出来てしまった思考の空白で、不安を解決することが出来ないまま空港についてしまい、被害に会ったと思うと本当に可哀想で悔しいです。

宝塚市にある彼女が高校まで通っていた学校を良く知って居るだけに、前途あるはずだった女性の悲劇の報道は身近に感じとても心が痛みます。

海外で1人で行動する時、空港に夜遅く到着する便は絶対に避けるか、事前に迎えを頼んで置くべきです。

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2009年に私が旅したルーマニアの印象は一言でいうと「暗かった」。

1989年12月に起きた革命で処刑されたチェウシェスクの遺体の映像の衝撃的な記憶が残っていたので、暗い印象を受けたのかもしれません。
      
街には共産党時代の画一的な箱のような建物がまだ沢山残っていました。

チェウシェスク時代に国家増強の為、多産化政策が行われ、家庭の経済は成り立たず、結果多くの孤児のストリートチルドレンが産まれてしまいました。慢性的な物不足で、満足な食料を孤児たちに与えることが出来なかった為、栄養補給として血液注射が行われ、使いまわしされた注射針からエイズが蔓延してしまった事。それがまだ尾を引いているのかもしれません。
経済的に決して豊かとは言えない背景が、暗い印象を与えたのかもしれません。


反面、ルーマニアは石油資源に恵まれている国です。印象に残っているのは延々と続くパイプライン。もちろん石油のパイプラインもあると思いますが、私が石油のパイプラインだと思っていたものは、説明ではお湯を配給するパイプラインでした。共産党時代から今日に至るまで、すべての家庭に暖房用のお湯が供給されるシステムがあった事を知り、このことには驚きました。

国民の館、ブラン城(ドラキュラの舞台)、シナイア修道院,ペレシュ城、イヴァノヴォの岩窟教会など、観光するところは沢山あり、魅力ある国ですが、やはり、治安は決して良いとは言えません。

国民の館
          
共産党本部
1989年12月21日約10万人を動員したチャウシェスクを称賛する集会が開催されました。
この建物のバルコニーから行われたチャウシェスクの演説は、始まって間もなくブーイングが起こり、反チャウシェスクの抗議集会へと変化しました。
22日にはチャウシェスクは夫人と共にヘリコプターで脱出しましたが、25日には捕縛されました。
チャウシェスク夫妻は、特別軍事法廷で大量虐殺と不正蓄財の罪により死刑判決を受け即日銃殺刑が執行されました.
          

湯水製造火力発電(車窓から)
          
パイプライン
          


イヴァノヴォの岩窟教会
1220年代に、ルセンスキ・ロム川(ドナウ川の最後の支流)沿いにそびえる切り立った崖の洞穴に、正教の修道士ヨアキムが住みつき築いた教会や僧房があります。とても印象に残っている世界遺産の一つです。