世界の国歌

来月予定している旅行先 オランダ・ベルギー・ルクセンブルクの下調べを始めました。

海外旅行の事前の下調べはとても楽しいものです。訪れる国の国歌を調べることも楽しみの一つです。
今はユーチューブで紹介されているので簡単に聴くことが出来ます。

世界には実に様々な国歌があります。大きく分けると曲だけの国歌と歌詞に曲が付いている国歌があります。

世界で一番長い国歌は、ギリシアキプロスが共に国歌としている「自由への賛歌」です。
1823年にディオニシオス・ソロモスが書いた158節もの叙事詩に曲を付けたのです。
曲は、1828年にニコラオス・マンザロスが作曲しました。あまりにも長い曲なので、表彰式などで演奏する場合は、2番までしか演奏しないことになっています。全て演奏したら1時間半〜2時間もかかってしまうそうです。

日本の国歌「君が代」は歌詞としては世界最古、そして 文字数では世界で一番短い国歌なのです。

ちなみに曲の長さで一番短いのはヨルダンの国歌です。

ドイツの国歌はハイドンが作曲、オーストリアの国歌はモーツアルトが作曲。

国歌からは色々なことが分かります。

      ************************************

さて来月旅行を予定している、オランダの国歌「ヴィルヘルムス・ファン・ナッソウエ」は、旋律は世界の国歌のうちで最も古いといわれています。
残っている最古の楽譜は1574年の物がありますがこれは1569年ごろ人気のあったフランスの歌がもとになっているそうです。

歌詞は15番までありますが、通常は1番と6番のみが歌われます。
それぞれの節の最初の一文字を繋げて読むとWILLEM VAN NASSOVになるそうです。

タイトルになっている「ウィルヘルムス」この歌詞は、16世紀中期から100年近く続いたスペインからの独立戦争初期に活躍した独立の父・オラニエ公ウィレム1世の闘志を歌ったものなのです。

         

「ナッサウ伯ウィレム」はドイツの小領主の息子でしたが,オラニエ公位を相続してヨーロッパ有数の領主となり,ネーデルラントの宮廷でスペイン国王兼神聖ローマ皇帝カール5世に仕えました.ところが次の代のフェリペ2世ネーデルラントへの抑圧を強め,1567年,オラニエ公は身の危険を感じていったんドイツの所領に引き下がりました.オラニエ公とともに多くの貴族が亡命し,態勢を整えたオラニエ公の一派は1568年4月にネーデルラントに侵攻,オランダ独立戦争が勃発します.
ヘイリヘルレーの戦いには勝利したものの,その後スペイン軍は勢いを取り戻し,秋のオラニエ公自身のネーデルラント侵攻もアルバ公によって撃退され,オラニエ公は再度の亡命を強いられます.
「ウィルヘルムス」はオラニエ公のこの二度目の亡命期間中にオラニエ公の腹心フィリプス・ヴァン・マルニクス・ヴァン・シント・アルデホンデが作詞したものです.

最も困難な独立戦争の初期段階にあってネーデルランドの人々の統合の中心だったオラニエ公は,まさにオランダ建国のシンボルでもあったのです.

『ヴィルヘルムス』は古くから歌い継がれてきたものの、1815年にオランダ王国が成立した際にはWien Neerlands Boedが国歌に選ばれたのですが、『ヴィルヘルムス』の人気が上回り、公式行事で使われることも多くなったため、1932年に正式に国歌に定められました。

国歌は不変の存在ではなく、政治体制によって、時代によって、改定が行われることもあるのですね。

通常歌われる1番と6番の歌詞をご紹介します。
1.
ナッサウ伯ウィレム
我はドイツの血筋なり.
祖国に忠実で
死に至るまでかくあらん.
オラニエ公
我は自由で大胆である.
スペイン国王には
我は常変わらず信義を尽くしてきた (この部分は、これまで忠義を尽くしてきたが、ついにスペイン国王の横暴に堪えきれなくなったという意味がこめられています)。


我が盾にして我がたのみ,
それはあなたにほかならない.おお神よ,我が主よ.
あなたのことを我はそれほどまでに頼っている.
再び我を見捨てることなかれ.
そうすれば我も敬虔で
永遠にあなたのしもべであり続け,
我が心をさいなむ
専制政治を駆逐するであろう.

この様な歌詞を知ったうえでがスペインとオランダが優勝をかけて対戦するサッカー・ワールドカップの決勝などを見ていると面白いですね。
なおスペイン国歌には歌詞は有りません。

国歌を知る事で、スポーツ観戦、旅行などもより楽しさが倍増します。