キューバの旅  サンタ・クララ

4日目 2

サンタ・クララはクリストファー・コロンブスによって開かれ、キューバで最初に欧州人に建設された都市です。17世紀にはスペインの植民地統治の中心地として繁栄しました。周辺地域でサトウキビやタバコが大量に栽培されるため、それら作物の集散地としての役割を果たしつつ、関連工業を発達させてきました。

キューバ革命の折にチェ・ゲバラ少佐によって解放された都市としても有名です。チェ・ゲバラは1958年12月29日に、バティスタ軍6000人が守るサンタ・クララに攻め入り、政府軍の兵士と武器を満載した装甲列車を殲滅。革命軍に共感する多くの市民とともに、政府軍を制圧して、戦況を一変させ、その3日後には首都、ハバナを解放することになったのです。

チェ・ゲバラの生涯
本名エルネスト・ラファエル・ゲバラ・デ・ラ・セルナ 通称 チェ・ゲバラ
1928年6月14日〜1967年10月9日。アルゼンチン生まれで、キューバ革命の指導者の一人。愛称の「チェ」は、彼がいつも誰かに呼びかける時に必ず「ねぇ=チェ」と言ったから。

アルゼンチンのブエノスアイレス大学で医学を学びます。在学中の1951年に中古のオートバイで南アメリカをまわる放浪旅行を経験し、南米各地の悲惨な状況を見聞するうちに革命を志すようになりました。1953年に大学を卒業した後、独裁政権下のアルゼンチンを離れ、グアテマラからメキシコに移り、この地で亡命中のフィデル・カストロと運命的に出会います。キューバ独裁政権打倒を目指すカストロに共感したチェは、反バティスタ武装ゲリラ闘争に参加することを決意。

メキシコでカストロとチェが組織した革命軍はメキシコから一隻のクルーザー「グランマ号」でキューバへ渡りますが、上陸後すぐにバティスタ政権の攻撃を受け、80人居たメンバーのほとんどが銃殺され12人しか生き残りませんでした。しかしカストロとチェは難を逃れ、キューバ東部のシエラ・マエストラ山地に篭って再起し、武装闘争を継続した。彼らの指導のもと次第に反政府勢力が結集していき、1959年、ついにバティスタが亡命し革命は成功しました。

カストロの革命政権のもとで、チェはキューバ国立銀行総裁、工業相、キューバ統一革命組織幹部会員などを歴任し、外交の面でも重要な役割を果たします。この頃キューバ政府を代表して日本を訪問しています。ゲリラ戦争の経験を活かした革命を他の国でも成し遂げるべくキューバを離れ、アフリカのコンゴで革命を指導した後、南米のボリビアに渡りますが、1967年10月8日、ボリビアアメリカ政府が派遣した軍事顧問により対ゲリラ戦の訓練を受けた政府軍に捕えられ、その翌日39歳という若さで銃殺されました。

アルゼンチン生まれの彼が何故他国であるキューバボリビアのために命を賭けた理由は、中南米の人たちには当時から「我々はひとつ」という考え方があったからです。

サンタ・クララの革命広場にはチェ・ゲバラの巨大な銅像が建っています。
銅像ゲバラ没後20周年である、1987年に造られました。銅像の横にはカストロに宛てた「別れの手紙」の彫刻などもあります。
      
その下に博物館、ゲバラの霊廟があります。(館内は撮影禁止です)
1967年に、ボリビア政府軍によって射殺されたゲバラを偲び、1987年に建立されました。その10年後にボリビアで発掘されたゲバラの遺骨が、同地で戦死した同士たちとともに、安置されています。納骨堂の奥に、遺骨返還時にカストロ議長が点火した「永遠の火」が小さく燃えています。

博物館には革命戦争時のサンタ・クララの戦いの様子やチェ・ゲバラの人生が紹介されています。
チェの写真が沢山展示されていました。革命家としての功績や、優しい人柄が伝わってきます。

彼の人気は今も根強く、壁画から土産物のTシャツに至るまで彼の肖像画をあらゆるところで目にしました。
お土産やさんでもチェ・ゲバラの写真の絵ハガキが沢山売られていました。まるで映画スターの様。

それもそのはず、ゲバラは、グアテマラで革命家としての思想的地固めを開始当時 メキシコで映画俳優になろうかと揺れる気持ちもあったようです。後に最初の妻になった革命家のイルダは即座にその計画に反対し、ゲバラの進むべき道は、医師であり、革命家であることを指南して、ゲバラに俳優の計画を断念させたそうです。彼女の指南が無ければ、キューバの歴史が変わっていたかもしれません。                       
ゲバラはゲリラ戦を繰り広げている最中に知り合ったサンタ・クララの女子大生で、革命のシンパだったアレイダ・マルチと革命後2度目の結婚をして、4人の子供を設けています。

長女アレイダさんは、小児科医になり、海外での医療支援活動をしたり、又父親の功績の講演などで世界をとびまわっているそうです。

キューバ共産党サンタ・クララ支部にあるチェの銅像 
       

この銅像には色々なところに細工がしてありました。それを見つけるのも楽しかったです。
    
  
サンタ・クララの街並み
        
「ロス・カネイエス」でランチビュツフェの後サンタ・クララからバスで約3時間の所にある、キューバ屈指のリゾート地バラデロに向います。